プロフィール

Wife to American 

Mom of girl

出身関西
好きなこと語学学習 ヨガ 
アロマ 筋トレ 
無添加 海外ドラマ
性格コツコツ、負けず嫌い

▷私と海外の関わりの歴史

19歳の私はどこにでもいるような超平凡な女子大生

小さい頃から海外に憧れつつも、海外とは無縁の家庭に育ち

絶対にいつかネイティブ並みに話せるようになって海外に住むぞ

と密かに考えていた。

でも何から始めれば良いのかわからず、高校卒業までの英語の知識はあるけど全く話せない状態

とりあえず英会話スクールへ行くことに。

当時のスクールはとても高かった…

50分の日本人講師とのグループレッスンが週2、ネイティブとのマンツーマンレッスンが週1

それで半年約30万円弱。

正直今思うと高すぎる。けれど当時は今のようにいろいろな情報がなく、これしか選択肢がなかった。

でもまぁそれなりに英語の経験を積むことができ、

特に、このときに出会ったフォニックス、オーバーラッピング、シャドーイングなどの学習法

日本人でも海外生活を経験して英語がペラペラに話せる先生と出会えたこと

同年代のネイティブの女の子の先生といろいろな話ができたこと

私の英語学習に大きな影響を与えた。

そして…

人生初めて海外へ

2週間の演奏旅行でアメリカのカリフォルニアへ

Rose Paradeと呼ばれる演奏旅行で2週間、アメリカのカリフォルニアでホームステイすることに。

当時はホームステイファミリーの言ってることはちんぷんかんぷん。 

ただ笑って過ごしたが、初めて海外の人たちと住むことで新しい発見もたくさんあった。

そして…

半年後にカナダへ中期留学へ

大学と提携しているカナダの大学内で英語を学べる中期留学に応募。

大学のプログラムで行ったためクラス全員、日本人だった。

大学自体にはいろんな国籍の人がいたため、学生食堂や学生寮で交流することができた。

イギリス人の女の子とルームシェアをすることになり、

当時はあまり英語を話せなかったが、つたない英語でルームメイトや寮メンバーと仲良くなり留学生活を楽しんでいた。

その寮メンバーとは7年越しに日本で会うことも実現。

当時の私の英語力では少しずつネイティブの英語が聞こえ始めたが、

まだまだネイティブの英語に付いていくことはできなかった。

学校ではネイティブの先生とのグループレッスンを1日に何コマも受けることができたが、

引っ込み思案な性格が祟り、発言も殆どできない。

プレゼンもスピーチもロールプレイも恥ずかしくて、あまり効果を得られなかった。

もっと社交的な性格だったら留学の環境をうまく活用できてただろうし

もっと多国籍の学校を選んでいればきっともっと寂しかっただろうけど

飛躍的に英語力を伸ばせただろう。

今思えば1年間いればよかったのに…と思うが、

当時はホームシックで帰りたくてたまらなかった。

そして、少しづつ現地に慣れ始め、ネイティブの英語が聞こえ始めた頃に帰国することに。

帰国後、半年英会話スクールを続け、

最低限の会話は出来るようになった

金銭的にも続けるのが難しくスクールもやめてしまい

それ以上のレベルになる方法もわからないままダラダラと勉強したりしなかったりという時期が何年も続いた。

中途半端な英語力のまま大学を卒業し、アパレル会社に就職

留学から帰国し、就職のことを考えた時、

海外で生活する自信がなかった私はとりあえず日本で社会人経験を積もうと就職することに。

海外とファッションに関われるバイヤーという仕事を目指してアパレル会社に就職した。

そして、毎日忙しく英語のことはほったらかしに…。

ようやく仕事が落ち着いた時、このままではだめだと思い、安い英会話スクールを探し会話の機会を作った。

すると、また英会話力が伸び始め、外国人と交流する機会が増えたことで海外に行きたい気持ちがまたむくむくと出始める。

このときプライベートでは海外旅行、仕事では海外出張とチャンスに恵まれたことにより、一層海外熱が強くなっていた。

思い切って会社を辞め、セブ留学からのオーストラリアワーホリへ

もう一度海外生活をしたいという気持ちになり、会社を辞めて再び留学にいくことに。

セブ留学で英語を練習してから、オーストラリアで2年間ワーホリをすることになった。

初めての海外長期生活。

旅行や留学とは全く違う新しい経験をたくさんした。

仕事も家も何もかも自分でやっていかないといけない。

いろんなトラブルに遭遇しながらも乗り越え楽しい海外生活を送った。

リアルな海外生活では差別を受けたり、騙されたり、シェアハウスを追い出されたり

日本では遭遇しないようなことにも出くわした。

その度に英語でのコミュニケーションが必要となり、まだ不十分な英語力に悔しい思いもした。

英語力がまだまだと思い知らされる2年間だった。

日本に帰国後、外国人観光客の通訳をする仕事に就くことに

2年間のワーホリが終わり一度帰国することに。

そして、日本で英語を使う通訳案内の仕事をすることになった。

毎日英語が使える仕事を最初は楽しんでいたが、

同じ状況でしか使わないため、だんだんパターン化されていく英語に物足りなさを感じていた。

「もっと英会話力を伸ばすために、本当に仲良くなれる外国人の友達を作りたい」と思い、Hellotalkというアプリを使いはじめた。

本当の意味で繋がれる外国人の友達を探す為にいろんな人と話してみた。

そこで出会ったのが今の夫だった。

夫との遠距離恋愛とオンライン日本語教師の仕事

夫と出会った同時に、コロナが始まり仕事がなくなった。

そんな時にオンライン日本語教師に出会い、外国人に日本語を教えることになった。

英語が話せることで日本語を教えながら、外国人と交流できる仕事ができた。

ここから2年間、夫や生徒達と毎日オンラインで英語を話す機会があり、さらにぐんと英会話力が伸びる。

そして現在、夫との生活では全てのコミュニケーションが英語のため、ネイティブが使う英語を日常的に学ぶことができている。

一方でまだまだ足りない自分の英語力を更にアメリカのネイティブに近づけるべく奮闘中。

▷Live Laugh Loveのコンセプト

海外に憧れる全ての女子へ

「自分に自信を持って、たくさん笑って、たくさん愛して幸せな人生を」

自分にはとりえながない。

なかなか自信が持てない。

自分の気持ち隠して生きてる。

周りの目ばかり気になって自分らしさがわからない。

なんとなく海外って憧れるし行ってみたいけど勇気出ない。

英語話せるのってなんかかっこいい。

そんな風に思ってる女子達の背中を押したい。役に立ちたい。と思ってこのブログを書いてます。

でも、なんでそんなことするの?

それは、昔の私がそうだったから。

平凡な女子大生。

自分の意見を言うのが苦手でみんなの話を聞いてるだけだった。

でも、英語が話せるようになって、英語を学ぶその過程で、

価値観の全く違う人と出会い、自分の意見を伝えることの大切さを知り

自分の気持に正直になっていいと気付かされた。

また、自分の努力が実になったことで自信がついた。

正直私は英語や海外と関わっていなかったら今の自分も人生も生活もなかったと思ってる。

だから、この経験から同じように悩む誰かの手伝いができたらと思う。

そして最後に…

英語を身につけるということ…

これはただ単にその言語を話せるようになるということだけではない。

その言語を通して違う文化、価値観、考え方を自分の中に取り入れていくこと。

自分の中にもうひとつの新しいアイデンティティが作られていく感じ。

だから英語が話せるようになった時には、

見える世界は今見ているものと全く違うものになってるって言いきれる。

新しい自分、人生、世界を見たい人は一緒に頑張りましょう。

このブログがあなたの一歩を後押しするきっかけになりますように。